大学生レポート

【まきボラ2024春レポートVol.3】|若者のメメントモリ

大学生サポーターと事業所紹介

▶︎ 大学生サポーター紹介
山形大学人文社会科学部1年の平塚冬真と申します。よろしくお願いいたします。
私がまきボラに参加した経緯は、まきボラを運営している「まちと人と」が主催で今年の二月に行った教育カンファレンスに参加した際に、地域教育に携わらないかとお誘いを頂いたことを発端としています。
かつて私も石巻で学生をしていたこともあり、改めて地域でどういったことが行われているのかを高校生たちのサポートを行う中で何か学べることがあればと思い、この度は参加させていただきました。

今回のまきボラでは、大学生サポーターとして「認定NPO法人こども∞感ぱにー」さん、「アスヘノキボウ」さんの二つのプログラムを担当させていただきました。
こども∞感ぱにーさんでの活動は地域の子どもたちと共に遊ぶという内容でした。
アスヘノキボウさんでの活動は、高校生達が女川町の人々と交流するために地域の方々のもとに直接声をかけ、最終日のランチ会を行うという内容でした。


認定NPO法人こども∞感ぱにーのプレーパークの様子


アスヘノキボウでの女川町まち歩きで、震災や町について学んでいる様子

▶︎ 特定非営利活動法人アスヘノキボウとは
女川町の社会課題解決を通じて、日本・世界の社会課題解決に貢献することをミッションとする団体です。
東日本大震災をきっかけに設立。被災事業者の事業再建の支援、新規事業者の事業立上げ支援、まちづくり計画の作成支援、立ち上げ後の経営支援など、事業の立ち上げからその後の経営まで一連を通して支援しています。
経済面から地域活性を行い、地域の方々の暮らしを豊かにしています。
特定非営利活動法人アスヘノキボウWEBサイト

▶︎ 認定NPO法人こども∞感ぱにーとは
宮城県石巻市で、プレーパーク事業とフリースクール事業の2つを軸に、子どもが安心して過ごせる居場所づくりをするNPO団体です。
東日本大震災の際に、「子どもたちのために、あそび場をつくりたい」と地域の人と共に動き出したことをきっかけに立ち上がりました。
認定NPO法人こども∞感ぱにーWEBサイト

活動を通して見えたこと

高校生の皆様は私に言われずとも積極的に行動する場面が多かったように感じます。
自らが遊びの主体となって子供たちを巻き込む姿や、メモ用紙を埋め尽くすほどに書き込む姿にはとても驚かされました。
今回は、私がまきボラにおいてはじめて担当させて頂いたこども∞感ぱにー様での活動を軸に、2つのまきボラを通して感じたことをお話しさせていただきます。

こども∞感ぱにーのプログラムに参加して頂いたお二方は、私の母校である石巻高校から参加してくれた仲良し女子二人組ということで勝手に親近感を感じつつもあまり積極的に話に行くことができませんでした。
私はこのようなボランティアがあったとしても参加する気もない案山子だったことを鑑みるに、鰐陵の未来は明るいと強く思いました。


まきボラに参加してくれた仲良し2人組の高校生

二日間にわたる活動の内容は、「プレーパークわたのは」に来る子供たちと遊ぶことでした。
そんな中、一日目にこれからのプログラムについて事業所の方が説明する時、高校生たちに『遊び』とは何かを問いかける場面がありました。
改めて考えても難しいこの問について高校生と私も活動中常に考えていたように思います。
そして、活動が始まりプレーパークには多くの子どもたちが遊びに来ました。
子供たちはとても自由に遊んでいました。例えば、ハンモックで遊んでいたはずが急にブランコをしていたり、携帯ゲーム機をしていたかと思えばみんなと一緒にかくれんぼをしていたりなど天衣無縫の遊びを前に初日の振り返りの際には子供たちがとても元気で驚いたと感想を述べていました。
このように遊びの特徴の一つにシームレスさが挙げられるのはそれだけ子どもたちの心と遊びがリンクしているからだと私は考えています。
面白いと思う方に向かっていく好奇心とそれを成す原動力、全身全霊で楽しむ姿が遊びには欠かせないと思いました。



プレーパークわたのはでどろ遊びをする様子

そして来る二日目、私は何を思いついたか川を作りました。
パーク内にある井戸から水を流し、前日の雨によって生まれた水たまりまでつなげました。
そこに明確な理由もなければ、動機もありませんでしたが、とても楽しかったのです。
自分が主体となって「したい」をする。そういう自分の決定を実行に移すことはとても楽しいのです。
それが私にとっての「遊び」だったのです。そして高校生たちも巨大な泥団子を作ったり、声をチューナーに合わせる遊びを生み出したりしていました。彼女たちも遊びを生み出し、何より全力で楽しんでいました。

 
井戸の水を流してつなぐ “遊び”


そんな彼女たちが見つけた「遊び」とは何かを少し引用させていただきたいと思います。
「遊びを制限してはいけない、自分にとっての遊びを相手に押し付けることは相手にとっての苦痛になりかねない。だからこそ相手の好奇心やチャレンジ精神を大切にしなければいけない」
「遊びは自由なものである。やりたいことをやりたいだけやる楽しさや無心でストレスフリーに過ごすことが遊びには欠かせない」
様々な学びが彼女らの活動レポートから見受けられました。


水遊びをする高校生

まきボラの活動中、高校生達に進路について聞きました。
彼女らは大体の将来の道筋を描けてはいたものの、やはりどこか明確な目標やそれを行うに至る動機があまり無いという話をしてくれました。

その悩みを解決する方法の一つが私は『遊び』だと考えています。
人生は結局行く先は死です。故に、何もかも無駄ではないかと嘆き、諦めることも間違いでは無いはずです。
その死がいつか来るものだからこそ、刹那的に生きることも間違いではありません。
そのメメントモリに対してどう生きるかを考えることで私は進路を見出した記憶があります。
つまりです。彼女らの見出した『遊び』のように人生を進めても駄目な理由は無いのです。
彼女らは遊ぶことで様々な学びを得ました。明確ではなくとも、好きなことをする、したいからそちらに進む。
それが進路選択の理由で良いと僕は考えています。

全ての教育が実学でなければと思ってしまう現代社会において、直接役に立たないことは無駄だと切り捨てられがちなものです。
その一つに『遊び』もあるのではないでしょうか。
楽しいや面白いだけでは生きられないといつのまにか諦めてしまう原因が無知であってはいけないと思います。

私にとっては、アスヘノキボウさんがその無知からの解放者であったと思います。


アスヘノキボウでの、「ランチ会」のお誘いを女川町の方々に呼びかける高校生の様子


女川という町で新たな取り組みをする人々、そして宮城という土地以外からの人ばかりの環境があることがいかに価値の転回を人々にもたらすのでしょうか。
世界の無際限性をこの東北の僻地ですら感じること、そして女川でこそ目標を達成できるという人との出会い。
私にとってのコペルニクス的転回でありました。

そして、先述のランチ会にお集まりいただいた方の中には働く目的としての「遊び」、働くことすら「遊び」である人がいらっしゃいました。


高校生企画「ランチ会」で女川町の地域の方と高校生が話す様子


趣味のために働く人、趣味を仕事にされている人、仕事が趣味の人。
私が単純に世間知らずというだけなのかもしれませんが、そういう大人と会えなければ、学べなかった生き方だと私は思いました。
だからこそ、そういった方々とこどもたちが積極的にかかわることには大きな意味があると私は思うのです。


女川町の方と交流する高校生の様子


なぜ人は生き、何のために生きるのか。
どうせ死ぬのにと言わず、明日を目指す人々がより良い未来を築けるように、
まきボラという活動が彼らを繋ぐかけ橋として機能することを望みます。

そのためにはもっと多くの高校生の方々が参加してくださることと、さらに多くの地域の方々のご協力が必要不可欠です。
今後ともよろしくお願いいたします。

改めて、まきボラにご協力いただいた事業所の皆様、そして参加してくださった高校生の皆様には感謝しかありません。
ありがとうございました。

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